大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和50年(ヨ)1092号 判決

申請人

鈴木洋子

右代理人

伊神喜弘

青木仁子

被申請人

ブラザー工業株式会社

右代表者

安井実一

右代理人

佐治良三

後藤武夫

大山薫

建守徹

佐治良三復代理人

加藤保三

主文

一  被申請人は申請人に対し、金三八〇万円を仮に支払え。

二  申請人のその余の申請を却下する。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(申請の趣旨)

一  申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める。

二  被申請人は申請人に対し、金四六万四三一七円及び昭和五〇年一〇月以降本案判決確定に至るまで、毎月二八日限り金七万一八七五円を仮に支払え。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

(申請の趣旨に対する答弁)

一  申請人の本件申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

第二  当事者の主張

(申請の理由)

一  当事者

1 被申請人会社(以下、会社ともいう。)は、主に裁縫用ミシン機械及びその部分品、工作機械、電気機械器具、電子機械器具、編機、事務用機器、楽器類の製造・販売並びに不動産及びそれに附帯する施設の所有・賃貸・運営等の業務を目的とし、従業員約六〇〇〇名を擁する資本金七二億六〇〇〇万円の会社であり、被申請人肩書地に本社を、東京に支社を、名古屋市内に五工場を有するほか、刈谷工場を有している。

2 申請人は、昭和二八年七月一八日宮崎県日南市に生れ、昭和四四年三月飫肥中学校を卒業し、同年四月愛知県知多市のオカトク織布に就職すると同時に愛知県立半田高校(昼間定時制)に入学した。そして、昭和四八年三月同高校を卒業し、オカトク織布を退職した上、同年四月一六日被申請人会社に入社し、以来瑞穂工場に配属されてタイプライター組立の仕事に従事してきた。申請人は、被申請人会社に当初見習社員として採用されたものであるが、昭和四九年三月二八日試用社員に登用され、その際会社との間で期間の定めのない労働契約を締結した。

二  申請人の解雇

会社は、昭和五〇年三月二八日申請人を解雇したとして、翌二九日以降申請人が会社に対し労働契約上の権利を有することを争つている。

三  申請人の賃金請求権

1 会社は、昭和五〇年三月三〇日以降会社の責に帰すべき事由により申請人の労務の受領を拒否しているので、申請人は民法五三六条二項により会社に対し右同日以降も賃金請求権を有している。

2 会社は従業員に対し毎月二八日に前月二一日から当月二〇日までの分の賃金を支給しているところ、申請人が昭和五〇年三月当時支給を受けていた賃金は月額七万一八七五円であり、同年六月五日に支給を受けるべき夏期一時金は一五万円であつた。

よつて、申請人は会社に対し、昭和五〇年四月分から同年九月分まで六か月分の賃金四三万一二五〇円と同年度夏期一時金一五万円との合計五八万一二五〇円から未払賃金として既に受領した一一万六九三三円を控除した残金四六万四三一七円及び昭和五〇年九月二一日以降毎翌月二八日限り七万一八七五円の賃金の支払を受ける権利がある。

四  保全の必要性

申請人は、会社から支給を受ける賃金を唯一の生活の資としていた労働者であり、本件解雇により賃金及び前記一時金の支給を受けられなくなつたことにより生活が窮迫しているため、本案判決の確定を待つていては回復できない著しい損害を蒙る。

(申請の理由に対する認否及び被申請人の主張)〈省略〉

申請人は、昭和四九年八月二八日伊藤孝司と結婚したが、昭和五四年四月一〇日同人と離婚し、昭和五六年七月三一日鈴木幹男と結婚して今日に至つている。ところで、右伊藤は名古屋タイムズ印刷株式会社に勤務して毎月約一五万円の給与収入を得ていたが、このほかに賞与として毎年夏季及び年末に合計約五か月分の給与相当額の収入を得ていた。また、右鈴木は、中部日本広告株式会社に勤務していたが、昭和五六年八月三一日同社を退職し、現在はタキ鋼材株式会社に勤務して同社より毎月給料を得ているほか、毎年夏期と年末には相当額の賞与を得ていることが推測される。

右のとおり、申請人は、本件解雇後一時期を除いて夫の賃金収入によつて生活してきたものであるところ、右収入は申請人と夫との二人家族の生活を支えるのに充分なものであるから、保全の必要性はない。

(抗弁)

一  申請人に対する解雇の意思表示

会社は、昭和五〇年三月二八日申請人に対し、翌二九日付で解雇する旨の意思表示をし、予告手当として三〇日分の平均賃金である七万二九〇〇円を現実に提供した。

二  解雇事由

本件解雇は、申請人が試用社員となつた後に行なわれた昭和四九年九月、同年一二月及び昭和五〇年三月の各社員登用試験に、いずれも不合格となつたため、会社は、申請人がもはや社員としての資質を備えることが将来にわたつて望み得ないものと判断し、就業規則三九条(「会社の都合により解雇するときは、三〇日以前にその予告をする。」との規定)に基づき解雇したものであるが、その詳細は次のとおりである。

1 会社における中途採用者の登用制度

(一) 序論

会社は、いわゆる学卒定期採用者(以下、新卒者という。)とは別に、生産遂行上の必要に応じて随時中途採用者を雇用しているが、一般に、中途採用者は新卒者に比して勤怠、職業能力、業務適性、社会的適応性及び生活行動等の面で個人的較差が大きいため、中途採用者を直ちに正社員とすることは企業規律維持上不適当とされ、これを避けるのが我国企業の一般的傾向である。

会社も右のような合理的理由と過去二〇年以上に亘る臨時工制度の沿革(その概要は別表(2)記載のとおり)を背景として中途採用者について正社員への登用制度を設け、これに合格した者を正社員に登用している。〈以下、事実省略〉

理由

一当事者

1  申請の理由一1の事実のうち、会社の業務目的、資本金の額が申請人主張のとおりであること、会社が被申請人肩書地に本社を、東京に支店を、名古屋市内と刈谷に工場を有することは当事者間に争いがなく〈疎明〉によれば、会社の業務目的の中には申請人主張のもののほかに家具類の製造・販売があること、会社の従業員数は昭和四八年五月二〇日現在で五九九八名であつたが、昭和五一年一二月現在では約五四〇〇名であつたこと、名古屋市内にある会社の工場で、本社工場、瑞穂工場、港工場、星崎工場、鍍金工場及び鋳造工場の六工場であることが一応認められる。

2  申請の理由一2の事実は、申請人のオカトク織布への入社日の点を除いて当事者間に争いがなく、申請人本人尋問の結果によれば、申請人がオカトク織布に入社したのは、昭和四四年三月であつたことが一応認められる。

二本件解雇の意思表示とその理由

会社が、昭和五〇年三月二八日申請人に対し解雇の意思表示をし、予告手当として三〇日分の平均賃金である七万二九〇〇円を現実に提供したことは当事者間に争いがなく、〈疎明〉によれば、会社は、「申請人が試用社員となつた後に行なわれた昭和四九年九月、同年一二月及び昭和五〇年三月の各社員登用試験においていずれも不合格となつたため、もはや社員としての資質を備えることが将来にわたつて望み得ない。」との理由により就業規則三九条(「会社の都合により解雇するときは、三〇日以前にその予告をする。」との規定)に基づき、昭和五〇年三月二九日付で申請人を解雇したことが、一応認められる。

三本件解雇当時の申請人の地位について

会社は、本件解雇当時申請人が試用社員たる地位にあつたとして、前認定の理由により申請人を解雇したものであるところ、申請人は、本件解雇当時申請人は社員たる地位にあつたから、本件解雇はその前提を誤つたものである旨主張するので、以下、本件解雇当時の申請人の地位について判断する。

1  当事者間に争いのない事実

申請人が昭和四八年四月一六日途中入社のため会社に見習社員として採用され、同年一二月実施の第一回目の試用社員登用試験には不合格となつたが、昭和四九年三月実施の第二回目の試用社員登用試験に合格して同月二八日試用社員に登用されたことは、当事者間に争いがない。

2  会社における従業員制度の沿革

〈疎明〉によれば、会社における従業員制度の沿革は次のとおりであつたことが一応認められる。

(一)  会社は、昭和九年に設立されたものであるが(当時の商号は「日本ミシン製造株式会社」であつたが、昭和三七年に現商号に変更された。)、昭和二三年四月当時、会社に新たに雇傭された「職員」、「嘱託」、「臨時雇」以外の従業員は、採用後二週間を見習期間とし、この期間経過後に「本工」になつていたもので、右見習期間中は「見習工」と呼称されていた(当時の就業規則一二条)。

(二)  昭和二三年五月、会社は就業規則を一部変更し、右(一)の制度を、「前条ノ規定(「詮衡の上適当と認めたる者は体格検査を行ない、合格者を採用する。」との就業規則一一条の規定)ニヨリ採用サレタル者ハ二ケ月間ヲ臨時工トシ、二ケ月経過後雇傭契約ヲ結ブモノトス」と改正した(当時の就業規則一二条)。

(三)  昭和二四年八月、会社は就業規則を一部変更し、右(二)の制度を、「前条ニヨリ採用サレタルモノハ二ケ月ヲ限リ使用スルモノトス。但シ特ニ成績優秀ナルモノハ二ケ月経過後雇傭契約ヲ結ブコトガアル」と改正した(当時の就業規則一二条)。

(四)  昭和二七年四月、会社は就業規則を一部変更し、右(三)の規定を「前条ニヨリ採用サレタモノノ中特ニ成績優秀ナルモノハ一ケ年経過後雇傭契約ヲ結ブコトガアル」と改正した(当時の就業規則一二条)。

(五)  昭和三〇年から同三一年頃の間に、前記見習工もしくは臨時工と呼称される従業員は、(1)雇用期間を二か月間と定めた「臨時工C」、(2)期間の定めのない「臨時工B」及び(3)新卒者で一年間の試用期間中の「臨時工A」の三種に区分されていたところ、会社は、昭和三二年一二月就業規則の一部を変更し、同規則二条を「この規則で従業員とは、職員、本工及び臨時工A(試用期間中のもの)を言う。嘱託はこの規則を準用する。」と、一一条を「新採用者は、新卒業者については六ケ月、中途採用者については一ケ年の試用期間を経て雇入れる。但し職員はこの限りでない。」と、一二条を「前条による試用期間を経て雇入れられたものは所定の試用開始の日にさかのぼつて雇入れられたものとみなす。」と改正した。

(六)  会社は、従来より正社員(職員、本工及び臨時工A)に適用のある就業規則を適宜「臨時工B」にも準用していたが、昭和三二年一二月五日「臨時工B就業規則」を新たに制定した。右就業規則二条には、「この規則で臨時工Bとは期間の定めのない臨時の従業員をいう。」と定められており、同二五条三号には「臨時工B」の解雇事由の一つとして、「業務の都合により雇用する必要のなくなつたとき」というのが掲げられている。

なお、「臨時工C」に対しては、「臨時工B就業規則」が準用されていた。

(七)  昭和三六年一二月九日、会社は、それまで事実上行なわれていた「臨時工C」の「臨時工B」への登用選考の基準を文章化し、右登用選考を一つの制度として確立したが、右基準の概要は次のとおりであつた。

(1) 受験資格……勤務一年以上(毎年六月二〇日又は一二月二〇日現在、但し、情勢により短縮又は延長されることがある。)で、勤務成績・技能等が特に優秀な者であつて、将来の正従業員たる素質のある者。

(2) 申請……所属部課長が推薦し、申請した者について勤労部において審査決定する。

(3) 試験期日……毎年六月二〇日並びに一二月二〇日(年二回)。

(4) 選考基準……(ア) 勤務成績(勤怠は前一年間の出勤率が九五%以上、但し、公傷及び病気の場合にはその都度考慮する。)

(イ) 人事考課(原則として、前期の人事考課がB〔平均〕以上であること。)

(ウ) 技能及び作業素質が優秀であること

(エ) 知識の程度が優れていること

(オ) 人物評価

(カ) 年令(原則として入社時満二五才以下の者。)

(キ) その他(会社規則に違反した者、会社に対して非協力的な者は除く。)

なお、右登用試験に不合格となつた「臨時工C」については、雇用契約の更新をしないこととされていた。

(八)  昭和三七年六月から、会社は「臨時工C」より「臨時工B」への登用試験の機会を各人につき三回まで与えることとし、三回目の試験不合格者については雇用契約の更新をしないこととした。

(九)  会社は、遅くとも昭和三七年一二月までに、それまで事実上行なわれていた「臨時工B」の「本工」への登用選考の基準を文章化し、右登用選考を一つの制度として確立したが、右基準の概要は次のとおりであつた。

(1) 受験資格  「臨時工B」になつて勤続一年を経過したもの

(2) 選考期日  毎年六月二〇日及び一二月二〇日

(3) 選考基準  (ア) 勤務成績 B以上(Cについては個々に検討の上、決定する。)

(イ) 勤怠 過去一年間で欠勤一〇日以下(但し、病欠・事故欠については考慮する。)

(ウ) 職場からの上申 上申のあつた者のみ

(エ) その他 不良性を帯びた者は除外

なお、右登用選考に不合格となつた「臨時工B」は、解雇されていた。

(一〇)  昭和三八年三月、会社は就業規則を一部変更し、その中で「臨時工A」の名称を「試用工」に変更した(当時の就業規則四条)。

(一一)  昭和三九年六月から、会社は「臨時工B」より「本工」への登用試験の回数についても右(八)と同一の扱いとし、三回目の試験不合格者は解雇していた。

(一二)昭和四二年一一月一五日、会社は勤労部通達をもつて、「臨時工C」の名称を「見習工」に改めるとともに、「臨時工B」の制度を廃止して従来「臨時工B」とされていた従業員をすべて試用工」に含めることとし、以上を同月二一日から実施することとした。また、従来「臨時工C」から「臨時工B」への登用選考が入社一年経過後の六月、一二月に実施されていたのを、「見習工」から「試用工」への登用を入社六か月経過後の六月、一二月に選考する旨改めた。

右改正の結果、「試用工」の中には従来から「試用工」と呼称されていた新卒者で入社後六か月間の試用期間中の者と、「見習工」から登用され改正後「試用工」となつた者の二種が混在することとなつたが、「見習工」から登用された後者の「試用工」については、「本工」への登用を、「見習工」から「試用工」への登用と同様に、「試用工」になつて六か月経過後に選考のうえ実施することに改めた。なお、新卒者で入社後六か月間の試用期間の者については、選考基準に従つた厳密な選考はしておらず、殆どの者が試用期間経過後に本工となつた。

(一三)  昭和四四年九月、会社は従来年二回実施していた登用試験を年四回(三月、六月、九月、一二月)行なうことに改めた。

(一四)  昭和四五年一二月二一日、会社は社員制度を現行のものに改正し、その中で「職員」及び「本工」の名称を「社員」に、「試用工」の名称を「試用社員」に「見習工」の名称を「見習社員」に変更した。

(一五)  昭和四六年三月、会社は従来新卒者に対しても六か月間の試用期間をおいていたのを、入社と同時に社員とすることに改正した(就業規則三〇条)。

3  現行の中途採用者登用制度の内容及び中途採用者の雇用の実態

〈疎明〉によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  従業員の種別

会社の従業員には、社員、試用社員、見習社員、準社員、嘱託の五種類があり、このうち準社員はいわゆるパートタイマーであり、嘱託は主に定年退職後の再雇用者である。社員及び試用社員には就業規則が、見習社員には見習社員就業規則が、準社員には準社員就業規則が、嘱託には嘱託就業規則が適用されている。

会社には、その従業員で組織されるブラザー工業当働組合があり、会社とユニオン・ショップ協定を結んでいるが、組合員資格を有するのは社員(但し、部課長等を除く。)のみであり、試用社員、見習社員、準社員、嘱託は組合員資格を有しない。

(二)  見習社員の雇用の実態

(1) 見習社員の採用

(ア) 会社は、毎年春に大学、高等学校、中学校等の新卒者を定期採用しているが、これとは別に業務の繁閑に応じ新聞広告による一般募集、公共職業安定所の紹介、自社及び関連会社従業員の紹介等を通じて随時中途採用者を主に現業要員として雇用している。申請人が入社した昭和四八年当時、現業要員として会社に定期採用された新卒者は中卒者が大部分であつたが、昭和四〇年代初めから中学新卒者に対する求人倍率が極めて高くなり、中小新卒者を計画どおり採用することが難しくなつたのに対し、会社の売上高の方は昭和四〇年から同四七年の間に約2.6倍に増加し、これに伴つて多くの労働力を必要としたことから、会社の現業従業員の採用者のうち中途採用者が占める割合は大きく、昭和四五年度、四六年度及び四八年度の三年度間における現業従業員の全採用者三〇六八名のうち中途採用者は二二六一名で、全体の七割強を占めていた(右三年度の男女別及び新卒採用者、中途採用者別の現業従業員採用者数の内訳は別表(1)記載のとおり)。また、昭和五〇年二月現在、社員のうち中途採用者から登用された者は、社員全体の約六割を占めていた。

(イ) 会社は、中学新卒者を採用するに当つては、国語、算数、社会等の簡単な筆記試験、適性検査、能力テスト及び面接試験を実施して採否を決定しているが、右採用試験の結果不採用となるのは年に少ないときで一、二名、多いときでも数名程度である。これに対し、中途採用者については三〇分程度の面接による身上質問だけで採否を決定しており、応募者が採用前に提出を要求される書類は、面接当日に持参する自筆の履歴書のみである。なお、会社が中途採用者の採用を決定したときは、応募者に対し採用通知に代えて出社日時・場所等を記載した出社案内の葉書を出している。

(ウ) 新聞に掲載された会社の従業員募集広告には、募集する従業員の種別について「女子社員・女子パート・女子事務員」と記載されているだけであるが、会社は、例えば、右の女子社員の応募者に対しては面接日に従業員の種別、中途採用者の登用制度、給与等の労働条件、作業内容を重点的に説明し、登用制度については、中途採用者は見習社員として採用され、見習社員から試用社員に、試用社員から社員になるにはそれぞれ試験があること等を説明していた。また、見習社員に採用された者は入社日に、会社の歴史と概要、規則と諸制度、各種書類の手続、福利厚生、安全衛生、社会保険制度、試用社員登用制度等が記載されている「入社の案内」と題する小冊子の配布を受け、勤労部の労務担当者から右記載事項について約二時間説明を受けるが、その際、労務担当者は、登用制度については、従業員の種別、試用社員登用試験及び社員登用試験の実施期日、受験回数の制限、登用基準等を説明している。申請人も、昭和四八年二月二二日の面接日及び同年四月一六日の入社日に勤労部員渡辺晃から右のような方法で中途採用者登用制度等について説明を受け、右入社日に「入社の案内」の交付を受けた。

右の「入社の案内」には、見習社員について「会社には社員・試用社員・見習社員の三つがあり、中途採用者は見習社員から出発する。見習社員は会社と二か月という期間を定めて雇用契約を結び、これが本採用に登用されるまで続けられる。本採用というのは試用社員以上のことで、本採用に登用されるための試験がある。登用試験は年四回行なわれており、毎回高い比率で本採用になる。」旨記載されているが、見習社員の性格が臨時工である旨の記載やそれを窺わせるような記載はなく、面接日及び入社日における会社の説明にもそのような趣旨の説明はなされていない。なお、見習社員就業規則三条には、「この規則で従業員とは二六条に定める手続によつて採用され、会社の業務に従事するものをいう。」と定められているが、二六条の規定は、「会社は就職を希望する者の中より選考し、所定の手続を経た者を従業員として採用する。」というものであり、他に見習社員の性格を窺わせるような規定もないため、右就業規則上は、見習社員の性格が明らかでない。

(2) 見習社員の労働条件

(ア) 雇用期間

新卒定期採用者は、採用と同時に雇用期間の定めのない社員たる地位を取得し、試用期間もおかれていないが、会社は、中途採用者については、前記の従業員制度の沿革及び一般に中途採用者は新卒者に比して勤怠、職業能力、業務適性、社会的適応性、生活行動等の点において個人的較差が大きく、中途採用者を直ちに正規従業員とすることは企業規律維持上不適当であるとの理由により、すべてまず見習社員として採用している。見習社員就業規則には、雇用期間についての定めがなく、同規則一二条の年休の規定は二年以上の雇用を予定しているが、実際の運用はこれと異なり、見習社員は会社との間で雇用期間を原則として二か月(第一回試用社員登用試験不合格後は三か月)とする有期雇用契約(以下、見習社員契約という。)を締結し、入社日に会社に対し、雇用期間、賃金、年休等の労働条件が記載された雇用契約請書を差入れる。右雇用契約は、見習社員から退職の申出がない限り、見習社員が試用社員登用試験に合格して試用社員に登用されるか、又は右試験に三回不合格となつて会社から雇用契約更新拒絶の意思表示(以下、雇止めともいう。)を受けるまで期間の満了毎に事実上自動的に更新され(なお、見習社員は会社に対し更新の都度右同様の雇用契約請書を差入れる。)、これまで会社が景気変動等の原因による労働力の過剰状態の発生を理由として見習社員を雇止めにした例はない。因みに、会社は第一次石油ショック後の急激な経済悪化に伴う国内販売の低下、輸出の停滞等により、昭和四九年秋から同五〇年夏にかけて直接部門に相当数の余剰人員を生じ(直接部門の余剰人員数は、昭和五〇年三月度には右部門の人員の22.6%にあたる七七二名に達した。)、従業員の一時帰休や昭和五〇年三月高校卒業の定期採用者(女子)の六か月自宅待機等を実施したが、その際にも見習社員を剰員発生の理由で雇止めにしたことはなかつた。

見習社員が試用社員に登用されるまでの期間は、後記のとおり当該見習社員の入社日及び試用社員登用試験の受験回数によつて異なり、最短の者で六か月、最長の者で一年三か月である。また、見習社員が自己の希望によつて右登用試験による選考を免れることはできないため、見習社員としての通算の雇用期間は、労基法一九条所定の解雇制限事由がある場合を除き、最長の者でも一年三か月を越えることはない。

(イ) その他の労働条件

見習社員、試用社員及び社員の雇用期間以外の労働条件の主たる差異は、次のとおりであつて、見習社員の労働条件は、社員及び試用社員のそれより全般的に劣つている。

見習社員 試用社員・社員

給与制度  日給     日給月給

家続手当  無支給     支給

休業手当  平均賃金の六〇%  基本給の一〇%

年休  勤続一年未満四日  勤続一年未満七日

勤続一年以上二年未満 六日  勤続一年以上三年以下 一〇日

特別休暇  産前産後休暇及び生理休暇以外はなし  あり(産前産後休暇及び生理休暇以外は有給)

退職金制度  なし      あり

(3) 見習社員の就労状況

申請人が採用時から本件解雇時まで配属された事務機部組立第一課(手動式タイプライターの組立生産を担当)及び同第二課(電動タイプライターの組立生産を担当)の場合、組立作業はコンベヤー又は手送り方式による流れ作業(ライン作業)とそれ以外のロット作業に大別され、会社は各作業をその難易度に応じてA・B・C・D・Eの五段階(Aが最も難しく、Eが最も易しい)にランク付けしている。原則として、A及びBランクの作業は勤続二、三年以上の者に、Cランクの作業は勤続一年半程度の者に、D及びEランクの作業は勤続一年未満の者につかせているが、右はおおよその目安であつて、会社は各人の作業能力に応じて作業を適宜配分しており、見習社員は主にD及びEランクの作業に従事している。右のように、各作業の難易度には差があるが、全般的にいうと女子の現業従業員が従事する作業は単純労働に属し、特別の技能・経験・熟練を要しないものである(新聞掲載の従業員募集広告にも、女子社員の仕事の内容は「ミシン・毛糸編機の組立・仕上・検査などのやさしい仕事」と記載されている。)。タイプライター組立作業の場合、一工程の作業(工程によつて作業の種類数が異なり、少ないものは一工程に一作業、多いものは一工程に一〇種類以上の作業が含まれる。)の習熟日数(一定数量の仕事を一定時間内に仕上げられるまでに習熟するのに要する日数)は、殆どが二週間前後又はそれ以下である。

見習社員は入社日の午前中に勤労部の労務担当者から約二時間前記の説明を受けた後、配属先の職場に赴き、係長、班長(班長のおかれていない班についてはチーフ、以下同じ。)、職場指導員から、課・係・班の概略、就業時間、服務心得等について説明を受け、当該職場の作業の様子を見学する。そして、入社日の午後、班長から安全保持のための遵守事項、機械の名称・構造・操作・点検、作業内容等について説明を受けた上、実際の作業に就いて班長、作業指導員、リリーフマンらから指導訓練を受ける。その後、見習社員は新しい作業に変わつた場合に、作業の難易度及び各人の作業能力に応じて指導訓練を受けるが、以上のほかに見習社員が一定期間特別の教育訓練を受けることはない。また、見習社員は、就業時間、休憩時間、時間外勤務、異動について試用社員及び社員と同一に取扱われている。

(三)  見習社員から試用社員への登用制度

(1) 試用社員登用試験の実施期日及び受験回数の制限

見習社員が試用社員に登用されるためには必ず試用社員登用試験に合格しなければならない。右登用試験は毎年三月、六月、九月、一二月に計四回行なわれ、見習社員は入社時から六か月を経過した後に最初に行なわれる試験(例えば、ある年の四月に入社した者の場合は、その年の一二月の試験)を第一回目として受け、これに不合格になつた者はその三か月後に行なわれる試験を第二回目として受ける。第二回目の試験にも不合格になつた者は、更にその三か月後に行なわれる試験を最後の機会として受けるが、これにも不合格になつた場合は会社から雇止めを受ける。見習社員が自己の希望によつて右登用試験による選考を免れることはできず、後記の筆記試験を受けなかつたときは、昇進放棄とみなされる。

(2) 選考基準

試用社員登用試験は、中卒者程度の簡単な一般常識を考査する筆記試験、過去六か月間(三月の試験の場合は前年の八月二一日から当年の二月二〇日まで、六月の試験の場合は前年の一一月二一日から当年の五月二〇日まで、九月の試験の場合は当年の二月二一日から八月二〇日まで、一二月の試験の場合は当年の五月二一日から一一月二〇日まで)の勤怠状況及び職場責任者による受験者の勤務状況についての評価の上申の各内容を総合勘案して合否が決定されている。

筆記試験は、昭和四九年九月及び同年一二月の試験のときは受験者の平均点の二分の一を基準として合否が決定され、昭和五〇年三月の試験のときは成績がD又はEの者は不合格とされた(但し、いずれも第三回目の受験者については職場の強いすいせんがあれば基準以下でも合格とされた。)。

勤怠状況については、当該試験の対象期間中の欠勤換算日数(その算出方法は会社主張のとおりであるが、無届欠勤についてはその日数の三倍が欠勤日数とされる。)が、当該試験において定められた基準値を越える者は原則として不合格とされるが、職場の必要性(当該受験者が、職場が必要とする特殊技能・資格を有している場合)及び本人の事情(見習社員の特別休暇理由の欠勤、子供の学校の用事による遅刻・欠勤、母子家庭)によつては特別に考慮される。勤怠基準値は、登用試験の受験回数が増すごとに緩やかになり、男子の基準値は女子より二〇%厳しくされている。女子の場合、昭和四九年九月及び同年一二月の試験のときは第一回目の受験者については欠勤換算日数六日以上が、第二回目の受験者については同八日以上が、第三回目の受験者については同一二日以上がいずれも不合格とされたが、昭和五〇年三月の試験のときは、昭和四九年九月一日より従来の隔週二日休日制が完全週休二日制に変更され、休日が増加したことから、勤怠基準が右より厳しいものに改訂された。

職場の上申は、各職場の班長・係長が、人事考課の評定尺度表により当該試験の対象期間中における見習社員の仕事の量、仕事の質、作業態度、責任感、協調性及び積極性の六項目について評定し、その結果を総合してA(優秀)、B(普通)、C(低劣)の三ランクの評定をつけた上、各職場の課長に提出する。各職場の課長は右評定結果を総合し、試用社員登用を上申する者には「○」を、上申を保留する者には「×」を付した採用上申書を各職場の部長の承認を得た上、勤労部長宛に提出する。原則として、右評定結果がA及びBの者について試用社員登用を上申し、Cの者については上申を保留する。

勤労部では、登用上申が保留された者であつてもその勤怠状況が非常に良い場合には、本人の勤務状況を再調査し、それが合否のボーダーライン上にある場合は試用社員に登用している。また、登用上申がなされた者で、欠勤換算日が基準値を越える者については、基準値を越える程度が欠勤換算日数一日未満の場合は試用社員に登用している。

中途採用者登用制度についての会社の内規では、社員及び試用社員への選考基準は選考の都度作成することになつているが、実際の取扱いでは、選考基準の改訂は、休日・休暇等の労働条件の変更があつた場合に特に勤怠基準についてなされ、長い場合には数年間にわたり改訂されないこともある。なお、改訂される場合は、試験実施の月の初めか前月の末頃決定され、選考対象者に事前に周知されていない。

(3) 試用社員への登用実績

昭和四三年一二月二一日から同四九年一二月二〇日までの六年間に見習社員として採用された者は三五三四名、このうち試用社員に登用された者は一八九三名、見習社員の期間中に自己都合により退職した者は一六〇五名(退職者のうち約九二%の者が第一回目の登用試験実施期日までに退職している。)、登用試験三回不合格により雇止めにされた者は三六名であり、自己都合退職者を除くと見習社員の試用社員への登用率は約98.1%であつた。また、試用社員登用者のうち第一回目の試験で登用された者は登用者全体の約九二%、第二回目の試験で登用された者は約六%、第三回目の試験で登用された者は約二%であつた。会社が試験不合格見込者に対し退職を勧告することはしていない。

(四)  試用社員の雇用の実態

(1) 試用社員に登用された者は、登用日に会社から試用社員登用通知票の交付を受ける。そして、登用の翌月に各工場毎に開催される試用社員説明会において会社から「就業規則、労働協約書、関係諸規程」等の交付を受け、就業規則、賃金規則、提出書類、社員登用試験等について説明を受ける。右説明会後、試用社員は会社に対し身元保証人二名作成の身元引受書及び戸籍謄本を提出する。申請人も昭和四九年四月一八日開催の試用社員登用者説明会において勤労部員池山昭造から社員登用試験等について説明を受けた。

(2) 試用社員の労働条件は、後記のとおり会社において六か月ないし一年の試用期間中に当該試用社員が会社の正規従業員たる社員として不適格であると認めたときは、それだけの理由で雇用契約(期間の定めなし)を解約し得るという解約権が留保されているほかは、社員の労働条件と同一である。

(3) 試用社員は、一般に見習社員より難易度の高いCランクの作業に従事する場合が多いが、見習社員の仕事内容との間に極端な差はなく、就業時間、休憩時間、時間外勤務、異動についても見習社員及び社員と同一に取扱われている。また、試用社員が一定時間特別の教育訓練を受けることはない。

(五)  試用社員から社員への登用制度

(1) 試用社員が社員に登用されるためには、必ず社員登用試験(その実質は選考であるが、会社ではこれも「社員登用試験」と称している。)に合格しなければならない。社員登用試験の実施期日及び受験回数の制限は試用社員登用試験と同一であり、試用社員は、試用社員となつて六か月後に行なわれる社員登用試験において第一回目の選考を受けるが、これに不合格となつた者は、その三か月後に行なわれる社員登用試験において第二回目の選考を受け、更にこれにも不合格となつた者はその三か月後に行なわれる社員登用試験において第三回目の選考を受ける。右試験に合格して社員に登用された者は、登用日に会社から社員登用通知票の交付を受けるが、会社との間で新たに雇用契約書を作成することも、会社に対し新たな書類を提出することもない。また、右試験に三回不合格となつた者は、「もはや社員としての資質を備えることが将来にわたつて望み得ない。」として、就業規則三九条の予告解雇の規定に基づき解雇される。試用社員が自己の希望によつて社員登用試験による選考を免れることはできないため、試用社員としての雇用期間は、労基法一九条所定の解雇制限事由がある場合を除き、最長の者でも一年を越えることはない。

(2) 社員登用試験における選考基準は、筆記試験がないほかは試用社員登用試験とほぼ同様である。すなわち、勤怠基準値は、同時期に実施される試用社員登用試験における基準値と三回とも同一であるが、前記のとおり試用社員は見習社員より年休の日数が多いため、実質的には試用社員の方が若干有利になつている。職場の上申の基礎資料である班長・係長の評定は、試用社員の仕事の量等前記六項目について点数(一〇〇点満点)をつける方法によつて評定し、その平均点が62.4点未満の者は、登用の上申を保留している。登用上申がなされた者で、欠勤換算日数が基準値を越える者の取扱いについては試用社員登用試験と同一であるが、登用上申が保留された者については、その勤怠状況が如何に良くても不合格にしている。

(3) 会社の就業規則には、その三〇条に「中途採用者は原則として六か月の試用期間を経て雇入れる。ただし、新卒業者についてはこの限りではない。」との規定が、三一条に「前条による試用期間を経て雇入れられた者は、試用開始のときにさかのぼつて雇入れられたものとみなす。」との規定がある(就業規則三〇条に右規定があることは当事者間に争いがない。)ほかは、試用社員及び社員登用制度についての特別の規定はない。

(4) 昭和四四年六月から同五〇年三月までの間に試用社員に登用された者は二〇六六名、このうち社員に登用された者は一七四七名、試用社員の期間中に自己都合により退職した者は二八九名(退職者のうち約七三%の者が第一回目の登用試験実施期日までに退職している。)、登用試験三回不合格により解雇された者は三〇名であり、自己都合退職者を除くと試用社員への登用率は約98.3%であつた。また、社員登用者のうち第一回目の試験で登用された者は登用者全体の九二%強、第二回目の試験で登用された者は五%強、第三回目の試験で登用された者は二%強であつた。なお、会社が試験不合格見込者に対し退職を勧告することはない。

(六)  中途採用者の一般的傾向及び定着率

会社においては、一般に中途採用者は新卒定期採用者に比べて勤怠、職業能力、業務適性、社会的適応性、生活行動等の点において個人的較差が大きい。定着率についてみると、会社が昭和四五年から同四九年までの五年間に定期採用した新卒者の入社一年後の定着率は平均91.5%であるのに対し、中途採用者のそれは平均58.7%であり、中途採用者の二年目ないし三年目の各定着率は新卒定期採用者より三三%ないし三五%低かつた。なお、昭和四八年五月二〇日現在における女子従業員全体の平均勤続年数は四年であつた。

以上の事実が一応認められ、〈反証排斥略〉、他に右認定に反する証拠はない。

4  見習社員の性格について

会社は、見習社員は業務の繁閑に応じて人的構成を調整するための臨時工の性格と試用社員としての適格を有するか否かを判定するためのテスト期間的性格を併せ有していると主張するので、まず臨時工的性格の有無の点から検討するに、前認定の会社における従業員制度の沿革によれば、見習社員は、昭和三〇年頃から同四二年一一月まで会社に存在した雇用期間を二か月とする「臨時工C」に由来するものであるが、前認定の現行の中途採用者登用制度の内容及び中途採用者の雇用の実態、時に、有期雇用契約である見習社員契約は、見習社員から退職の申出がない限り、見習社員が試用社員に登用されるか、又は試用社員登用試験に三回不合格となつて会社から雇止めをされるまで期間の満了毎に事実上自動的に更新され、これまで会社が景気変動等による労働力の過剰状態の発生を理由として見習社員を雇止めにした例はないこと、従つて、見習社員の採用自体は業務の繁閑に応じてなされるが、見習社員としての通算の雇用期間(最短の者で六か月、最長の者で一年三か月)と景気の変動等による業務の繁閑との間には全く関係がないこと、新聞掲載の従業員募集広告、見習社員就業規則及び会社が見習社員に交付している「入社の案内」には見習社員の性格が臨時工である旨の記載やそれを窺わせるような記載はなく、面接日及び入社日における会社の説明でもそのような趣旨の説明はなされていないこと、却つて、「入社の案内」には見習社員は将来本採用になることを予定して雇入れられるものである趣旨の記載があること、会社における中途採用者はすべてまず見習社員として採用され、その後一定期間内に試用社員登用試験を経て試用社員に、次いで社員登用試験を経て社員に順次登用されるが、自己都合退職者以外の者の試用社員及び社員への登用率はいずれも極めて高いこと、現業従業員の場合、求人難により新卒定期採用者を計画どおり雇入れることが困難なことから、中途採用者数の方が新卒定期採用者数よりはるかに多いこと等の諸点を総合考慮すると、見習社員は経済情勢の変化に応じて人員調整を図るための臨時工たる性格を有しないものと認めるのが相当である。

ところで、試用契約は、比較的長期の労働契約締結(本採用)の前提として使用者が労働者の労働能力や勤務態度等について価値判断をするために行なわれる一種の労働契約であると解すべきところ、前認定の中途採用者の雇用の実態及び中途採用者登用制度の内容によれば、見習社員契約は右の試用契約に該当することが明らかというべきである。そこで、更に進んで、見習社員としての試用期間中における価値判断の対象と試用社員としての試用期間中における価値判断の対象との間に差異があるか否かの点について検討するに、会社は、試用社員登用試験においては「一般的被用者としての適格性」(この概念の意味・内容は会社の主張からは必ずしも明らかでないが、証人清水有の証言によると、同証人は「一般的被用者としての適格性とは、大体休まずに会社に来て真面目に働いて貰えるかどうかということである。」と証言している。)を判断することに重点が置かれ、社員登用試験においては「会社従業員としての会社における業務に対する適性」を判断することに重点が置かれると主張し、その理由として、見習社員の担当作業は技術上比較的軽易で、時間的に制約の緩やかな作業であるため、見習社員としての期間中の担当作業のみによつては業務適性の有無・程度について充分な評価をなすことが不可能であることを挙げている。しかしながら、前認定のように、女子の現業従業員が従事する作業は、その難易度に差はあるとはいえ、全般的には単純労働に属し、特別の技能・経験・熟練を要しないものであり、申請人の従事していたタイプライター組立作業についてみると一工程の作業の習熟日数は殆どが二週間前後又はそれ以下であること、事務機部の場合見習社員は主にD又はEランクの作業に従事し、試用社員は一般にこれより難易度の高いCランクの作業に従事することが多いが、見習社員の仕事内容と試用社員のそれとの間には極端な差はないこと、見習社員としての試用期間は最短の者でも六か月ないし九か月あり、最長の者については一年ないし一年三か月に及ぶこと、新卒定期採用者については試用期間が全く置かれていないこと、試用社員登用試験における選考基準の中には勤怠状況のみならず、見習社員の仕事の量、仕事の質、作業態度、責任感、協調性及び積極性についての評定に基づく職場の上申も含まれていること、社員登用試験における選考基準は、筆記試験がないほかは試用社員登用試験とほぼ同様であることからすると、少なくとも女子の現業従業員に関しては、見習社員としての期間中に「会社従業員としての会社における業務に対する適性」を判断することは充分可能であり、実際にも会社は右期間中に右適性をも判断しているものといわざずを得ない。証人清水有の証言中、右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

従つて、少なくとも女子の現業従業員の場合、見習社員としての試用期間中における価値判断の対象と試用社員としての試用期間中における価値判断の対象との間に実質的な差異はなく、見習社員は、試用社員と同様に、会社がその職業能力、業務適性、勤務態度等について検討し、会社の正規従業員としての適格性の有無を判断するために試用される期間中の従業員であると認めるのが相当である。

5  労基法九三条に関する申請人の主張について

会社の就業規則三〇条に、(試用期間)として「中途採用者は原則として六か月の試用期間を経て雇入れる。ただし、新卒業者についてはこの限りではない。」と定められていることは当事者間に争いがないところ、申請人は、試用期間を見習社員の名のもとに六か月ないし一年三か月定め、更にその上に試用社員の名のもとに六か月ないし一年定める労働契約は、就業規則の右定めに達しない労働条件を定めたものであるから、会社と申請人との労働契約のうち少なくとも試用社員の名のもとに六か月ないし一年の試用期間を定めた部分は、右条文により無効である旨主張する。

そこで、就業規則〇条の規定の趣旨について判断するに、前認定のとおり就業規則は社員及び試用社員のみに適用され、見習社員にはこれとは別個の見習社員就業規則が適用されるのであるから、右規定は、「試用社員は、原則として六か月の試用期間を経て社員として雇入れる。但し、新卒業者については試用期間をおかないで直ちに社員として雇入れる。」という趣旨のものであり、前認定の現行の社員登用制度の内容及び中途採用者の雇用の実態に基づいて右規定を法律的に解釈すると、見習社員が試用社員に登用された時点において、当該試用社員と会社との間に見習社員契約とは別個の期間の定めのない雇用契約が新たに成立し、右契約において原則として六か月の試用期間中に会社において当該試用社員が会社の正規従業員として不適格であると認めたときは、それだけの理由で右雇用契約を解約し得るという解約権を留保したものと解するのが相当である。しかして、前認定の試用社員から社員への登用制度の内容によれば、試用社員が試用社員となつて六か月後に行なわれる第一回目の社員登用試験に不合格になつたときは、試用期間が三か月延長され、第二回目の社員登用試験にも不合格となつたときは更に試用期間が三か月延長されるため、最長の者の場合は試用期間が一年に及ぶのであるが、前認定の試用社員から社員への登用実績によれば、大多数の者が第一回目の試験で社員に登用されていることからみて、試用期間の延長は、延長期間中に当該不合格者の勤務・勤怠状況が改善されることを期待し、そうなれば社員に登用しようとの配慮のもとになされる例外的な措置と認められるから、試用社員登用時に試用社員と会社との間で締結される右雇用契約に定められた試用期間に関する労働条件は、就業規則三〇条の規定に反しないものというべきである。

よつて、申請人の右主張は理由がない。

6  公序良俗違反の主張について

一般に、試用期間中の留保解約権に基づく解雇については本採用後の通常の解雇の場合よりも広い範囲の自由が認められるものと解されているから、試用期間中の労働者の地位は本採用後の労働者の地位に比べて不安定であるというべきである。会社においても、〈疎明〉によれば、社員の場合は、無届欠勤でない限り長期間病気欠勤をしても他企業のように休職制度はない代わり解雇されることはないことが認められるのに対し、前認定の中途採用者登用制度の内容によると、見習社員及び試用社員であると病気欠勤も勤怠基準である欠勤換算日数の中に一定の割合で算入されるためそれが長期に及べば雇止め又は解雇されることになるから、この一事からしても、見習社員及び試用社員の地位は社員に比べて不安定であることが明らかである。また、前認定のとおり、選考基準が改訂される場合は、改定後の基準が選考対象者に事前に周知されないため、選考対象者としてはどの程度の勤務・勤怠状態であれば不合格になるかの予測を立てることが不可能であることも見習社員及び試用社員の地位を不安定にさせているというべきである。

右のとおり、試用期間中の労働者は不安定な地位に置かれるものであるから、労働者の労働能力や勤務態度等についての価値判断を行なうのに必要な合理的範囲を越えた長期の試用期間の定めは公序良俗に反し、その限りにおいて無効であると解するのが相当である。

よつて、本件についてこれをみると、前認定のとおり少なくとも女子の現業従業員の場合は、見習社員としての試用期間(最短の者で六か月ないし九か月、最長の者で一年ないし一年三か月)中に「会社従業員としての会社における業務に対する適性」を会社が判断することは充分可能であり、実際にも会社は右期間中に右適性をも判断しているのであるから、会社が見習社員から試用社員に登用した者について更に六か月ないし一年の試用期間を設け、筆記試験がないほかは試用社員登用の際の選考基準とほぼ同様の基準によつて社員登用のための選考を行なわなければならない合理的な必要性はないものというべきである。従つて、少なくとも女子の現業従業員の場合、見習社員が最終的に社員に登用されるために経なければならない見習社員及び試用社員としての試用期間のうち、試用社員としての試用期間は、その全体が右の合理的範囲を越えているものと解するのが相当である。

ところで、前認定のとおり、申請人は、会社から昭和四八年二月二二日の面接日及び同年四月一六日の入社日において中途採用者登用制度について説明を受け、昭和四九年四月一八日の試用社員登用の説明会においても社員登用試験について説明を受けたのであるから、申請人が試用社員に登用された昭和四九年三月二八日に会社と締結した期間の定めのない雇用契約にも社員登用制度に基づく解約権留保の特約があつたものというべきであるが、右特約は前記理由により公序良俗に反し無効といわざるを得ない。

7  結論

以上の次第であつて、申請人は昭和四九年三月二八日試用社員に登用された際に会社の正規従業員(社員)たる地位を取得し、本件解雇当時も右地位にあつたものと認めるのが相当である。

四本件解雇の効力について

前認定のとおり、本件解雇当時、申請人は会社の正規従業員(社員)たる地位にあつたものであるから、会社は試用期間中の留保解約権に基づいては申請人を解雇し得なかつたものというべきであるが、一般に、正規従業員であつてもその勤務成績(勤怠状況を含む。以下同じ。)が著しく不良であるため、企業の円滑な運営を図る必要上、企業外に排除されてもやむを得ないと考えられる場合は、使用者は当該従業員を解雇することができ、右理由に基づく解雇は解雇権の濫用に該当しないというべきである。しかして、本件解雇事由についての会社の主張をみると、会社は、「仮に、申請人が本件解雇当時正規従業員(社員)たる地位にあつたとしても、申請人の試用社員登用時から本件解雇時までの勤務成績は著しく低劣であつたから、申請人には通常解雇事由があり、本件解雇は解雇権の濫用に該当しない。」との予備的主張を明示的にはしていないけれども、会社が本件解雇の就業規則上の根拠条文として主張している就業規則三九条の解雇予告の規定は試用社員のみに適用されるものではなく、社員にも適用されるものであること(なお、〈疎明〉によれば、会社の就業規則には通常解雇事由を具体的に列挙した規定はおかれていないことが認められる。)、会社は解雇事由についての主張の中で、申請人の試用社員登用時から本件解雇時まで(但し、昭和五〇年二月二〇日まで)の勤務成績が低劣なものであることを詳細に主張しているところ、勤務成績の低劣さが通常解雇事由よりも範囲の広い試用期間中の留保解約権に基づく解約理由に該当するものであるか、あるいはそれ以上に正規従業員としての通常解雇事由にも該当するものであるかの点は、同一の事実関係に対する法的評価の問題に過ぎないことを考慮すると、本件解雇事由についての会社の主張の中には、右の予備的な主張も含まれていると解するのが相当であるから、以下右主張について判断する。

1  本件のように正規従業員になる前に相当期間の試用期間(本件の場合は、最短の者で六か月ないし九か月、最長の者で一年ないし一年三か月)がおかれ、そこで当該従業員の職業能力、業務適性、勤務態度等について充分検討がなされ、正規従業員としての適格性の判断がなされた者については、特段の事庸のない限り、正規従業員になつてからの勤務成績が試用期間中の勤務成績に比して相当程度劣つている場合、換言すれば、正規従業員になつてからの勤務成績が使用者において右適格性についての判断をした際には予想し得なかつた程低劣なものである場合でなければ、使用者は当該従業員を勤務成績不良を理由に解雇し得ないものと解するのが相当であるから、申請人が正規従業員になつてからの勤務成績のみならず、見習社員としての試用期間中の勤務成績及び申請人が見習社員から試用社員に登用された事情についても検討を加えることとする。

(一)  申請人の見習社員としての期間中における勤務成績について

(1) 勤務状況

当事者間に争いのない事実に、〈疎明〉を総合すると、申請人の見習社員としての期間中における勤務状況は、次の点を付加、訂正するほか、抗弁二3(一)(1)及び(2)の(ア)ないし(エ)記載のとおりであつたことが一応認められる。〈証拠判断略〉、他に右認定に反する証拠はない。

(ア) 抗弁二3(一)(2)の冒頭に「作業内容及び作業態度とも著しく不良であつた。」とあるを、「作業内容及び作業態度とも不良であつた。」と改める。

(イ) 同(2)(ア)りに「ネジ入れの際の高さの不揃いが毎日多発し、……」とあるを、「ネジ入れの際の高さの不揃いがしばしば多発し、……」に改める。

(ウ) 同(2)(イ)に「これを注意する上司に対しても極めて反抗的な態度をとることが多かつた。」とあるを、「これを注意する上司に対しても、返事をしなかつたり、却つて一層荒つぽい作業態度をとるなど、素直に注意を聞き入れる態度を示さないことが時々あつた。」と改める。

(エ) 会社では、組立作業の場合、細分化された各作業毎に標準時間(所定の作業条件のもとに、決められた作業方法で、標準の技能を有する作業者が標準のペースで作業を遂行するのに要する時間)を定め、これに基づいて作業管理、工程管理、作業組織の編成等をしている。タイプライターの組立作業についていえば、ロット作業の場合は、各作業者の担当作業の標準時間(担当作業が複数のときは標準時間の合計)にタイプライターの計画日産台数を乗じて得た数値が一日の実労働時間にほぼ等しくなるように各作業者に作業を配分し、流れ作業の場合は、各作業者の担当作業の標準時間(担当作業が複数のときは標準時間の合計)がタクトタイム(一日の実労働時間をタイプライターの計画日産台数で除して得た数値)にほぼ等しくなるように各作業者に作業を配分している。標準時間は、作業の正味時間と作業に必要な余裕時間を合算したものであるが、会社では、作業の正味時間には、WF法(アメリカで作られた動作時間分析表に基づいて正味時間を決定する方法)とストップウォッチ法(普通の作業者が普通の状態で作業しているところをストップウォッチで数回ないし十回測定し、その平均値をとつて正味時間を決定する方法)に基づいて決定している。また、会社は、標準時間を常に見直し、作業の実態に合わない部分を改訂しながら運用している。

ところで、申請人の作業量が小物班勤務の最終時点においても計画の八〇%程度であつたというのは、申請人の担当作業の標準時間(2.994分)に当時申請人が一日の作業時間内に仕上げることのできたタイプライターの台数を乗じて得た時間数が右作業時間の八〇%程度であつたという趣旨である。例えば、一日の作業時間が四七〇分で、その時間内に申請人が仕上げることのできたタイプライターの台数が一三〇台であつた場合は、申請人の作業量は次の算式のとおり約82.8%になる。

2.994分×130=389.22分

389.22分÷470分≒82.8%

なお、申請人の作業量は、入社二週間後の段階では五〇%程度であり、昭和四八年九月当時においても七〇%程度であつた。また、申請人の担当作業としては、抗弁二3(一)(1)の(ア)または(キ)の作業のほかに「バックスペースにピソ一本かしめ」という作業も予定されていたが、申請人の作業能率が低かつたため、結局右作業を申請人に担当させることができなかつた。

(2) 勤怠状況

〈疎明〉によれば見習社員期間中の申請人の勤怠状況は、昭和四八年四月一六日から同四九年三月二〇日までの間については、別紙勤怠一覧表①ないし⑫のとおり、昭和四九年三月二一日から同月二七日までの間は欠勤が一日であり、他の従業員に比べて欠勤、遅刻、早退の回数が多かつたこと、欠勤日数一九日の中には、生理休暇が二日含まれていたほか、生理痛、風邪、下痢等の病気を理由とするものが九日あつたこと、欠勤はいずれも届出欠勤であるが、やむを得ない事情がある場合以外は前日までに届出るよう指示されていたにも拘わらず、申請人は殆ど当日の午前九時頃(始業時間は午前八時)になつて届出るため、応援の手配を急がねばならないことがあつたことが一応認められる。申請人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  申請人の試用社員登用時から本件解雇時まで(但し、その殆どが見習社員期間中である小物作業期間と会社が本件解雇と直接関係がない旨主張している昭和五〇年二月二一日以降の期間を除く。)の勤務成績について

(1) 勤務状況

当事者間に争いがない事実に、〈疎明〉を総合すると、申請人の右期間中の勤務状況は、次の点を付加、訂正するほか、抗弁二3(二)(1)及び(2)の(ア)ないし(エ)、同(三)(1)及び(2)の(ア)ないし(ウ)、同(四)ないし(九)のとおりであつたことが一応認められる。〈反証排斥略〉、他に右認定に反する証拠はない。

(ア) 抗弁二3(三)(2)(ウ)の冒頭に「作業内容及び作業態度とも著しく不良であつた。」とあるを、「作業内容及び作業態度とも不良であつた。」と改める。

(イ) 同(ウ)(b)に「また、右牧村班長の注意については、……再三であつた。」とあるを、「また、右牧村班長が申請人の作業中の無駄話について注意したところ、申請人は『いちいち細かいことで注意しなくてもよいでしよう。』と口答えをしたことがあつた。」と改める。

(ウ) 会社では、タイプライターの生産を始めた昭和三六年から、会社に採用されて間もない新卒定期採用者及び見習社員が個々のタイプライター組立作業(一工程の作業)に習熟するまでの経過を記録した個人別、作業用習熟グラフを社内に蓄積し、これをもとに昭和四五年頃作業達成標準日程表を作成した。そして、新採用の従業員が初めて作業につく場合や異動等により従業員が過去に経験したことのない新しい種類、性格の作業につく場合(例えば、ロット作業から流れ作業に変わつた場合や同じ流れ作業でも組付作業から調整作業に変わつた場合)には、会社は、右日程表に基づいてその担当作業につき習熟までの計画線(作業慣熟曲線)等を記載した作業訓練計画表を作成し、これに基づいて作業訓練をしている。申請人も、「ラチェット板取付け」及び「プラテンに六角止めネジ取付け」作業に従事した際と「タブコネクター調整」作業に従事した際に右計画表に基づいて作業訓練を受けており、右各作業期間中における申請人の作業量の割合は右計画表に記録されている申請人の達成率の数値によるものである。

(エ) 申請人の「BSワイヤー掛け等」作業期間、「第一次パブフレーム横ネジ締付け」作業期間、「活字のキー二段仮付け」作業期間、「レール穴明け等」作業期間及び「ペーパーレスト布ふき等」作業期間における作業量は、通常の作業者が一人分として担当する作業の標準時間の合計と申請人が実際に担当し得た作業の標準時間の合計とを対比して算出したものである。

(オ) 会社では、作業者が流れ作業のタクトタイム内に作業を完成し得なかつたり、作業、ミスを犯した場合には、当該製品をコンベヤーから降ろしてストック棚に入れたり、作業者に予め渡されているプラスチック製の目印のチケットを当該製品に付けたり、あるいはリリーフマンを呼んで手助けをして貰うよう指示している。右チケットは、各作業者に一日に五個ないし一〇個程度渡されているが、未熟者には二〇個程度渡されている。リリーフマンは、ライン作業の場合作業者二〇名に対し一名程度の割合でおかれ、その受持担当工程(一〇工程ないし二〇工程)中に起きた流れ作業中の事故(作業の遅れ、作業ミスの発生等)の処理、作業未熟者に対する指導や欠勤者が出た場合にはその代わりの仕事をしたりしている。

(2) 勤怠状況

当事者間に争いのない事実に、〈疎明〉を総合すると、申請人の試用社員登用後(但し、昭和五〇年二月二〇日まで)の勤怠状況は、昭和四九年三月二八日から同年四月二〇日までは、遅刻が一回、年次休暇が三日、同年四月二一日から昭和五〇年二月二〇日までは別紙勤怠一覧表⑭ないしのとおりであるほか、次の事実が一応認められる。〈反証排斥略〉、他に右認定に反する証拠はない。

(ア) 右期間中の欠勤日数四六日のうち、四二日は子宮後屈手術、膀胱炎、生理痛、風邪等の病気による診断欠勤又は届出欠勤であり、その余の四日のうち二日は申請人が結婚した際に欠勤したもので、無届欠勤は一度もなかつた。また、昭和四九年七月二〇日の中途外出は月経困難症のため通院治療を受けるために外出したものであり、昭和五一年一月三〇日の早退は、右下腹部痛等によるものであつた。なお、申請人は一六歳頃から生理期間中の身体症状が重くなり、特に生理日の一日目と二日目は生理痛のため就業が著しく困難となることがしばしばあつたため、昭和四九年一〇月一九日に子宮後屈手術を受けたものである。

(イ) 会社では、就業規則一五条所定の特別休暇の取扱いについては、古くから「休暇事由が発生した日を起算日として計算し、休日と重なる場合も当該休日日数を特別休暇日数に含める。」こととしており、試用社員登用者の説明会において登用者に右取扱いを説明しているが、就業規則には右取扱いが明記されていない。申請人も、昭和四九年四月一八日の右説明会において右取扱いについて説明を受けたが、これを失念し、結婚休暇の五日間の中には本来の休日は含まれないものと誤解していたことから、同年八月二五日から同月三一日まで休んだため、同月三〇日及び三一日については通常の届出欠勤として取扱われたものであつた。

(ウ) 申請人は、見習社員期間中と同様に欠勤の届出を当日の午前九時ないし同一〇時頃にしていた。

(三)  申請人が試用社員に登用されるに至つた事情について

申請人が昭和四八年一二月実施の第一回目の試用社員登用試験には不合格となつたが、昭和四九年三月実施の第二回目の試用社員登用試験に合格して試用社員に登用されたことは、当事者間に争いがないところ、前認定の中途採用者登用制度の内容及び申請人の見算社員期間中の勤務成績についての事実に、〈疎明〉を総合すると、申請人が試用社員に登用されるに至つた事情は、次のとおりであつたことが一応認められる。〈反証排斥略〉、他に右認定に反する証拠はない。

(1) 第一回目の試用社員登用試験の対象期間である昭和四八年五月二一日から同年一一月二〇日までの間の申請人の勤怠状況は、届出欠勤(但し、生理休暇を除く。)が七日、遅刻及び早退が各四回で、欠勤換算日数が9.4日になり、勤怠基準(欠勤換算日数六日以上は不合格)を上回つていた。また、右の間の勤務状況も前認定のとおり不良であつたため、外山組立第二課課長代理(当時)は、試用社員への登用上申を保留した。

(2) 第二回目の試用社員登用試験の対象期間である昭和四八年八月二一日から同四九年二月二〇日までの間の申請人の勤怠状況は、届出欠勤が八日、遅刻が五回、早退が四回で、欠勤換算日数が10.7日になり、勤怠基準(欠勤換算日数八日以上は不合格)を2.7日上回つていた。また、右の間の勤務状況も前認定のとおり不良であり、前回試験後あまり進歩がみられなかつたため、久野小物班長(当時)は小椋小物係長(当時)に対し、上申保留の意見を述べたが、同係長は、試用社員への登用を、申請人の勤務・勤怠状況を改善するための一つの動機付けにしてみようと判断し、外山課長代理にその旨の意見を述べたところ、同課長代理もこれに同意し、勤労部長に対し、試用社員登用の上申をした。その結果、申請人は試用社員に登用された。

2  右1項において認定した事実関係に基づいて、本件解雇の通常解雇としての効力の有無について判断するに、申請人が正規従業員になつてからの勤務成績は不良であつたといわざるを得ないが、次の理由により、申請人を勤務成績不良を理由に解雇するのは解雇権の濫用に該当し、許されないものと解するのが相当である。

(一)  申請人が見習社員期間中の勤務状況と試用社員登用後の勤務状況とを比較すると、作業の量及び質の点においてさしたる差はないものというべきところ(もつとも、「BSワイヤー掛け等」作業期間、「第一次サブフレーム横ネジ締付け」作業期間及び「活字のキー二段仮付け」作業期間中の作業量は、三五%ないし五四%に過ぎないが、〈疎明〉によれば、右各作業期間中の実作業日数は四日ないし一六日間で比較的短期間であつたことが認められるから、右作業量から直ちに試用社員登用後の作業能率が見習社員期間中のそれより劣つていたものということはできない。)、申請人が見習社員として入社後一年近く経過した時点においても計画の八〇%程度の作業量しかこなせなかつたこと、その他前認定の見習社員期間中及び試用社員登用後の申請人の作業状況全般をみると、申請人の作業技術及び能率の低さは、申請人にこれを改善する意欲や仕事に対する集中力に欠けるところがあつたとはいえ、申請人がもともと手先が無器用で、細かな手作業は不得手な方であることに主たる原因があつたものと認めるのが相当である。そして、会社としても、申請人の一年近くに及ぶ見習社員期間中の勤務状況からみて、申請人が手先の無器用な方であるため、試用社員登用後も申請人を見習社員期間中と同様の細かい手作業につけるならば、その作業の量及び質が標準的な作業者よりかなり劣るであろうことを充分予想し得たものというべきである。

ところで、会社が申請人を試用社員に登用した理由は、試用社員への登用を申請人の勤務・勤怠状況を改善するための一つの動機付けにしてみようと判断したためであるが、前認定の試用社員への登用選考基準によれば、職場からの登用上申がなされた者で欠勤換算日数が勤怠基準値を越える者については、基準値を越える程度が欠勤換算日数一日未満の場合に限り試用社員に登用するという運用がなされているところ、申請人の第二回目の試用社員登用試験の際の欠勤換算日数は勤怠基準値を2.7日も越えていたこと(なお、〈疎明〉によれば、昭和四八年一二月四日の届出欠勤は生理痛を理由とするものであることが認められるから、これを生理休暇とみなして欠勤換算日数から除外しても、欠勤換算日数は勤怠基準値を1.7日越えることになる。)及び申請人については仮に第二回目の試用社員登用試験に不合格になつてもあと一回試用社員登用への機会が残されていたことを考えると、会社が申請人を第二回目の試験において合格させたのは異例の措置であつたといわざるを得ない。

以上要するに、会社は、申請人の見習社員としての試用期間中の勤務状況からみて、試用社員登用後の申請人の作業の量及び質が標準的な作業者よりかなり劣るであろうことを充分予想し得たにも拘わらず、敢えて申請人を試用社員に登用したものであり、かつ、申請人の試用社員登用後の作業の量及び質と見習社員期間中のそれとの間には、さしたる差はなかつたのであるから、申請人の試用社員登用後の作業の量及び質が標準的な作業者よりかなり劣つていたからといつて、それは会社において事前に予想していたことか、予想していなかつたとすれば見通しを誤まつたものといわざるを得ないから、申請人の作業の量及び質の低劣さから生ずる不利益は会社において自ら負担すべきものというべきである。一方、申請人にしてみれば、雇用期間の定めのある見習社員からその定めのない試用社員に登用されたことにより、雇用関係継続に対する期待感を増したであろうことは容易に推測し得るところ、右期待感は合理的理由があるものであつて、それ自体保護に値するものというべきである。従つて、会社が申請人の試用社員登用後の作業の量及び質の低劣さを理由に解雇することは許されないといわざるを得ない。

(二)  申請人の試用社員登用後の作業成績の低さは、会社が申請人に与える作業の選択を誤まつたことにも原因があつたものといわざるを得ないから、この点からしても会社が申請人を作業成績不良の理由で解雇することは許されないというべきである。すなわち、会社は昭和四九年五月に申請人を含む小物係所属の作業者全員を他の係に異動させた際、申請人については、それまでの勤務振りからみて本体ライン(コンベヤーによる流れ作業)への異動は無理であると判断し、一旦は、手送り方式による流れ作業の職場に異動させながら、約一か月後に、申請人の勤務状況を改善するためにはチームワークの大切さを申請人に認識させる必要があるとして本体ラインに異動させ、その後昭和五〇年二月二〇日までの約八か月半の間に本体ライン内において申請人の担当作業を七回も変えたのであるが、もともと手先が無器用で上達の速度が遅い申請人を、時間的制約の厳しい本体ラインに異動させ、しかもその担当作業の変更を頻繁に行えば、申請人の作業成績は一層低くなりこそすれ、向上する見込みがないであろうことは、当然予想し得たものといわざるを得ない。前認定のとおり、会社は五〇〇〇名を越える従業員を擁する大企業で、事業内容も多岐にわたつていることからして、申請人の能力、適性に最も合つた仕事を見つけて申請人に与えるのは比較的容易と考えられるから、申請人を試用社員に登用した以上、そのような措置をとるべきであつたというべきである。なお、申請人が上司の指導、注意に対して口答えをするなど素直にこれを聞き入れる態度を示さないことがあつたことは前認定のとおりであるが、この点も、申請人が日頃作業能率や作業の質についてしばしば上司から注意を受けたり、後工程の作業者から苦情を言われていたために、これに反発する感情から出たものと考えられるから、申請人に最も適した仕事が与えられ、その能力が発揮されれば、作業態度等も自ずから改善される可能性が十分あつたものというべきである。

(三)  最後に、申請人の試用社員登用後の勤怠状況についてみるに、前認定のとおり昭和四九年三月二八日から同五〇年二月二〇日までの間における合計四六日間の欠勤及び合計四回の遅刻・早退・中途外出は、その殆どが病気等のやむを得ない事情によるものであり、無届欠勤は一回もなかつたこと及び会社では社員であれば無届欠勤でない限り如何に長期間病気欠勤をしてもそれを理由に解雇することはしていないことを併せ考慮すると、会社が申請人の右勤怠状況を理由に通常解雇をし得ないことは明らかというべきである。

3  以上の次第であるから、本件解雇は通常解雇としても解雇権の濫用に該当し無効というべきである。

五申請人の賃金請求権について

〈疎明〉によれば、会社は昭和五〇年三月三〇日以降申請人の労務の受領を拒否していることが一応認められるところ、既に説示したとおり本件解雇は無効であるから、会社は自己の責に帰すべき事由により申請人の労務の受領を拒否しているものというべきである。従つて、申請人は民法五三六条二項により会社に対し賃金を請求する権利を有しているものというべきであるから、以下その額について判断する。

会社が従業員に対し毎月二八日に前月二一日から当月二〇日までの分の賃金を支給していること、申請人の昭和五〇年三月分の賃金が七万一八七五円であつたことは当事者間に争いがなく、〈疎明〉によれば、申請人の昭和五〇年三月当時の基本給は月額七万五三四〇円であつたが、三月分の賃金計算期間中に届出欠勤が一日あつたため、賃金規則一〇条の規定に基づき欠勤控除を受け、七万一八七五円に減額されたこと、申請人は、会社が本件解雇後名古屋法務局に供託した解雇予告手当七万二九〇〇円、その遅延損害金四〇円、退職金二万八七〇〇円、同年三月二一日から同月二九日までの間の給与一万五二九三円の合計一一万六九三三円の還付を受けた上(申請人が本件解雇後会社から一一万六九三三円を受領したことは当事者間に争いがない。)、会社に対し同年六月一九日付内容証明郵便をもつて、右還付金を同年三月二一日以降の未払賃金に全額充当する旨の意思表示をしたことが一応認められる。

以上によれば、昭和五〇年三月三〇日から本件口頭弁論終結時に最も近い賃金締切日である昭和五七年七月二〇日までの間の申請人に対する基本給未払額は次の算式のとおり合計六五一万二九八七円になる。

75.340円×88−116,933円=6,512,987円

ところで、申請人は会社から支給を受けるべき昭和五〇年度夏季一時金は一五万円であると主張し、前記疎甲第一二号証中には、「申請人と同条件である会社の従業員の右一時金の額は一五万円位である。」との記載部分があるが、その計算根拠が明らかでないため右記載部分だけでは疎明が不十分であるといわざるを得ず、他に右主張事実を疎明する証拠はない。

そうすると、申請人は会社に対し、昭和五〇年三月三〇日から同五七年七月二〇日までの間の未払基本給六五一万二九八七円及び昭和五七年七月二一日以降毎翌月二八日限り一か月七万五三四〇円の割合による基本給の支払を受ける権利を有するものというべきである。

六保全の必要性について

〈疎明〉によれば、申請人は昭和四九年八月二五日伊藤孝司と結婚したが(但し、婚姻届出は同月二八日)、昭和五四年四月一〇日同人と離婚し、昭和五六年七月三一日鈴木幹男と結婚したこと、右伊藤は昭和四九年九月一七日より名古屋タイムズ印刷株式会社に勤務しているものであるが、右会社から昭和五六年三月に支給を受けた賃金(諸手当を含む。)は名目で一五万三八〇一円、昭和五五年中に支給を受けた賞与は七五万八一〇〇円であつたこと、右鈴木は昭和四八年八月一日から株式会社中部日本広告社に勤務していたが、昭和五六年八月三一日退職し、遅くとも同年一〇月一日頃までにタキ鋼材株式会社に就職したこと、申請人は本件解雇後夫である右伊藤の賃金収入だけでは生計を維持し得ないため、本件解雇までに貯えた預金を少しずつ取崩して生活費にあてていたが、右預金は昭和五〇年一〇月一日の時点で既に残り少なくなつたこと、申請人は昭和五四年八月三日以前より他で会社員として稼働していること、申請人方は申請人と夫である右鈴木との二人家族で、公団住宅に居住しており、申請人には格別の資産はないこと、以上の事実が一応認められる。

そこで、まず過去の賃金の仮払の必要性について考えるに、右認定の諸事実を総合して判断すると、申請人は鈴木幹男と再婚した昭和五六年七月三一日以降は自己と夫の賃金収入のみで生計を維持し得るに至つたが、それまでは生活費や本訴の維持遂行のための諸費用にあてるために相当額の借金を余儀なくされたものと推測し得るから、本件解雇の日付の翌日である昭和五〇年三月三〇日から同五六年七月三〇日まで七六か月間の未払基本給相当額五七二万五八四〇円のほぼ三分の二に当る三八〇万円の限度で仮払の必要性があるものと認めるのが相当であるが、その余については今直ちにその仮払を受けなければ申請人の生活が困窮し回復し難い損害を蒙るものとは認められない。

次に、地位保全及び将来の賃金の仮払の必要性について判断するに、右認定事実によれば、申請人が他の会社に 就職してから既に相当の年月を経過していること及び現在の一般的給与水準からみて、申請人は他の会社で正規従業員として稼働し、被申請人に対し仮払を求めている賃金額(月額七万一八七五円)を上回る賃金収入を得るとともに、稼働先の会社で各種の社会保険にも加入しているものと推測するのが相当であるから、地位保全及び将来の賃金の仮払の必要性はないものといわざるを得ない。

七結論

以上の次第であるから、申請人の本件申請は、被申請人に対し三八〇万円の仮払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(川端浩 棚橋健二 山田貞夫)

別表(1)  ブラザー工業株式会社における過去3ヵ年間の採用状況

昭和45年度

昭和46年度

昭和48年度

合計

新卒採用者

81

320

401

90

273

363

0

43

43

171

636

807

中途採用者

279

580

859

140

498

638

110

6

764

529

1,732

2,261

360

900

1,260

230

771

1,001

110

697

807

700

2,368

3,068

(注)1.上記人員数は現業従業員の採用人員数である。

2.昭和47年度、昭和49年度は経済動向の悪化に伴い採用を制限した年度につき除外。

別表(3)

見習社員

試用社員

社員

就業規則

見習社員就業規則

就業規則

同左

雁用契約の期間の定め

有 (2ヵ月)

無(解約権留保付)

登用試験

ペーパーテスト・上申・勤怠

上申・勤怠

給与制度

日給

日給月給

同左

退職金

有(社員と同額)

同左

年次有給休暇

基準法より若干有利

左より大幅に有利

同左

特別休暇

無給

有給

同左

組合員資格の有無

同左

性格

臨時工

試用工

新規従業員

勤怠一覧表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例